無憂扇温圧施療士会
大薬王樹、枝葉根茎ともに大薬あり、病者は香を嗅ぎ、手に触れ、舌に嘗めて、悉く諸苦を治す

仏典で枇杷の樹を「薬王樹(やくおうじゅ) 」、葉が「無憂扇(むゆうせん)」と呼ばれていることからもわかるように、枇杷の葉を用いた療法は人類最古とも呼べるもので、仏教とともに奈良時代に日本に伝わってから盛んに用いられてきました。
もぐさを使う「温圧」療法はその代表的なもので、真言宗祖・弘法大師空海が唐で習得され、その弟子たち、いわゆる高野聖(こうやひじり)によって全国にひろめられたといわれています。
近代まで、地域社会の中心だったお寺は、信仰の場であるとともに学校であり、病院でもありました。枇杷を使って治療効果をあげていた寺には多くの患者が近隣からも集まり、そのことが「枇杷の木を庭に植えると病人が出る」といわれる原因なのでしょう。
*枇杷の木は生命力が強くて枝を張るために日当たりが悪くなって家人が病気になるから、あるいは土壌の養分を吸収するのでほかの庭木が弱ってしまうので嫌われた、という説もあります。

大正から昭和にかけて枇杷の温圧で二十万人の人々を癒したという僧がいました。浜名湖畔(静岡県細江町)の金池院住職・河野大圭師のもとにはまさに日本全国から医者に見離された難病患者が集まってきたといいます。
河野師の治療法は枇杷の葉に墨で経文を書き、火鉢で温めてから2枚をすり合わせ、それで患者の腹部や患部をさすってやるというものです。早ければひとりわずか数分の施療で無数の人々を救ったのです。
金池院には山田無文師をはじめ、河野師の枇杷療法に癒された人々が寄進した仏具や銅像などがたくさん納められています。

*現在、金池院では施療しておられません。